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ユキコログ

1985年生まれ。2016年12月に1年間のカナダ・ビクトリアでのワーキングホリデーを終え、現在は中南米を気ままに旅行中。

『理不尽に負けちゃいけない』なんて、いったい誰が決めたの?

考察、思うこと

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photo credit: Day 32 - What Lies Beyond via photopin (license)

 

日本においては我慢は美徳だとか、耐え忍ぶだとかいう言葉があります。
それはそれでいいと思うこともあるけど、そんなことに自分のエネルギーを使うのってもったいなくないですか?

 

理不尽なことをされても負けずに戦う。

なんて、一見とても我慢強く素晴らしい人間のように見えるけど。
私は本当にしんどければ逃げるが勝ちだと思うんです。

 

そこまで意地を張って頑張って、その先は?

私も理不尽と戦おうとしました。
仲間と一緒に戦いました。

yukikolog.hateblo.jp

 

でも、その先はさらなる理不尽が降りかかってきました。

これ自体は一切後悔していません。
きっと何もせずにいたら、もっともっと後悔していたと思います。

さらなる理不尽が降ってきた自分が次に選んだ方法は、『さっさと逃げる』ことです。 

yukikolog.hateblo.jp

 

そんな状況の中で踏ん張って頑張って、その先には何があるんでしょうか。
いつか問題が解決して、見通しが明るくなるんでしょうか。

いつかって、いつ?

理不尽に耐え、歯を食いしばって頑張って。
その『いつか』が来る前に、心身を壊してしまったら?

そんなの元も子もないです。

 

だから私は『さっさと逃げる』ことを選びました。

無責任だと思う人もいるかも知れないし、理解してもらえない人もきっといるでしょう。
ひょっとしたら笑う人もいるかもね。

でも私は、その人たちのために生きているんじゃないですもん。

私は私がいちばん大事。
そんなの当たり前でしょう?

 

自分の努力だけではどうにもならないこともある

そもそも理不尽っていうのは、自分の努力だけではどうにもならないことだと思うんです。

自分が何をどうやってもどうにもならない。
だからこそ理不尽に感じるんじゃないでしょうか。

自分ではなく、周りの変化が必要な状況であることがほとんどだと思います。

 

でも、自分ではないもの、自分以外のものを変えるのはとてもとても難しいです。
それは時に不可能であったりすることです。

そんな状況であれば、逃げてしまえばいいんじゃないかな?
やるだけやってそれでも無理なものは、それ以上粘っても無駄なんじゃないかな。

 

逃げると決める前、私は自分が正しいのか間違っているのかわからなくなりました。
こんな風に考える自分の方がおかしくて、人としてだめなのかなって思うこともありました。

自分で自分を否定しかねない思考回路になりかけた時に、私はストップをかけました。

自分が正しかろうが間違ってようか、どちらにせよ今の自分の状態はいいものではありません。
こんな気持ちをずっと抱えたまま私は今のこの場所にいたい?

 

……もう無理。

 

うん、じゃあもういいかあ。
こんな感じで、すとんと結論を出しました。

 

 

自分のことをもっと守ってあげてもいい

そう決めてから、私はとてもすっきりとした気持ちです。

 

今私の近くに、『私は理不尽には絶対に負けない、そんなことでは辞めない』と言う人がいます。
私はその人から相談を受けるような立場ではないし、何か意見を求められたこともありません。

人づてにそんなことを聞いた時に、私はいちばんに思いました。

『そんなことに対して頑張らなくていいじゃん』

 

逃げたっていいと思うよ。
それはきっと負けにはならない。

私は、私の人生をもっと楽しく生きたいから、頑張る方向を変えることにしました。

もっと肩の力を抜いた生き方ができるように。
そのために私は、これからを頑張っていきますね。